事務所名

行政書士ひえだ法務事務所

代表者

稗田 美智子(ひえだみちこ)

所在地

兵庫県川西市東多田3丁目18番22号

電話

072-741-9004

FAX

072-743-6784

e-mail

info@hieda-office.com

ホームページ

https://hiedaoffice.com

保有資格

行政書士、宅地建物取引士、個人情報保護士、運行管理者、ユニバーサルマナー検定2級、FP2級、国内旅行業務取扱管理者

営業時間

月曜~土曜 9時から19時まで (月~土が祝日の場合も営業)

取扱業務

会社設立、各種許認可、相続・遺言、自動車・バイク登録、車庫証明、農地関係その他業務につきましてはお問合せください。

プロフィール

赤ピン
 0~3歳

鹿児島県生まれ。当時住んでいた所はかなりの田舎で、遊びと言えば飼っていたニワトリと毎日山で遊ぶという野生児でした。
その後父の仕事の都合で神戸市へ。当時は鹿児島弁でしたが、あっという間に関西弁に染まりました。

赤ピン
 学生時代

体を動かす事が大好きだったので、中学時代は陸上部に所属。陸上部の厳しい練習に毎日明け暮れ、得意の短距離走では何度か賞を頂きました。

勉強の方は殆どしなかったので、第一志望の高校は予想通り不合格。
第2希望で入学した高校では陸上部に所属しましたが、中学時代とは比べ物にならない程の練習の厳しさにあっけなく挫折。

行きたくなかった高校で、大好きだった陸上も辞めてしまい、何の目標もないままだらだらと高校生活を送っていました。

そんな時、当時の家庭科の先生が進路について一生懸命アドバイスしてくれた事が転機に。徐々に勉強に励むようになりました。

努力の甲斐あってクラスでの成績は上位をキープすることが出来るように。
お世話になった先生に喜んでもらいたい一心で、就職先を優先的に選ぶことが出来る校内選考のために勉強ばかりしていました。そして無事に校内選考に合格。

ところが、絶対合格と言われた会社に挑戦するも、結果は不採用に。
ここで人生2度目の挫折を経験しました。

四葉のクローバー

赤ピン
 OL時代~結婚後

当時はかなりの就職難の時代。
もう就職出来ないかもしれないと諦めかけたとき、たまたま上場企業の求人とご縁があり、諦めずに受けたところ卒業ぎりぎりに採用が決定しました。

以前受けた会社は大手でしたが何年か後には無くなっていましたので
就職試験に落ちたことは不正解では無いと思いました。

その時学んだことは、これ以上無理と思うぐらい精一杯やり、その結果自分の思うようにならなくても、何かしらの意味があるということでした。

その後こちらの会社で接客業の基礎となる営業事務を6年間経験させていただきました。

人間関係にも恵まれ、楽しく仕事をしていましたが、当時は結婚が決まると殆どの女性は退職してしまう時代でした。

私もその中の一人でしたが、結婚後は、経験してきた接客業を生かせる仕事で、尚且つ旅行好きという単純な理由で旅行会社で働く事を目指しました。

そして退職前に猛勉強し、旅行関係の資格を取得。運良く、友人の紹介で、ある旅行会社がパートでならということで採用していただけました。

仕事も楽しく、これから更にキャリアを磨いていこうと思っていた矢先に突然、夫に熊本への転勤辞令が出てしまいました。結局泣く泣く、旅行会社を辞めることとなってしまいました。

チャンス

赤ピン
 熊本在住の頃

それでも旅行会社で働きたいという夢がどうしても諦めきれず、知らない土地に行っても絶対旅行会社で働くと決意しました。

当時はインターネットもあまり普及していなかった時代、分厚い電話帳で熊本県にある全ての旅行会社を調べて採用がないか毎日1件、1件問い合わせをしました。

30社程問い合わせをして履歴書を送付できたのは2社のみ。そのうち1社だけ面談してくださることに。
どうしても働きたかったので当時の支店長に「1ヶ月間お給料はいりません!どうかここで働かせてください!もし使えないようならすぐ首にしていただいて大丈夫です」と必死で伝えたところ何故か即採用していただきました。(もちろんお給料はいただきました!)

大手の旅行会社で仕事の幅も広がり大変勉強になりましたが、残業が多く、繁忙期の帰宅はかなり遅くなることもありました。
出産後も働きたいと思っていましたが、子どもを預けて働くという環境が厳しい状況だった為、妊娠後悩んだ末に退職しました。

そして、その頃から将来自宅でも仕事が出来て、環境や年齢に左右されない、人とかかわる仕事をしたいと考えるようになりました。

赤ピン
 受験のきっかけとなった阪神大震災

里帰り出産の1ヶ月健診の日に阪神大震災に遭遇しました。想い出の沢山詰った実家は全壊してしまいましたが、家族は全員無事でした。当時は、親子共々本当に沢山の方々に助けていただきました。

多くの方が亡くなられた中で自分は生きていて本当にいいのだろうかと何年か思い悩んだ時期がありました。
そして、いつしか「生かされた命」を人様のお役に立てる仕事に使いたいと思い始め、行政書士になる事を決意しました。

気球

赤ピン
 3度目の正直

そうは言っても、私にとっては簡単な試験ではありませんでした。
法律用語が全く頭にはいらず母の介護をしながらパート勤めや子ども達との関わり等で勉強時間の確保が難しく大変でした。
泣きたくなること100回以上。

それでも、諦めてしまうという選択は選びませんでした。
当時は、諦めることが自分にとって、挫折だと感じていたからかもしれません。

3回目の受験でようやく合格通知を手にする事が出来たときは、嬉しいという気持ちよりほっとした方が大きかったと思います。
特に子ども達には色々と我慢させてしまったので感謝の気持ちでいっぱいでした。

赤ピン
 現 在

お陰さまで、日々色々なことを経験をさせていただいております。そして何よりもお仕事を通じて、素晴らしい方々とのご縁を多くいただきました。

ある社長様が「人は人によって磨かれる」

私自身、行政書士は「誰かの想いを叶える」という素晴らしい職業だと確信しております。これからもずっと、ご依頼してくださった方に寄り添って、業務に取り組んでいこうと思っています。

メッセージ

行政書士 稗田 美智子